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東京地方裁判所 昭和35年(わ)799号 判決

主文

被告人両名を各懲役一年および罰金五万円に処する。

被告人両名に対し未決勾留日数中各四十日を右各懲役刑に算入する。

被告人等において右各罰金を完納し得ないときは金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人篠崎キイの負担とする。

理由

(事実)

第一、被告人篠崎キイは、後表(1)(2)記載のとおり昭和三五年六月上旬より同年八月中旬までの間、売春婦AおよびBの両名を、いずれも被告人夫婦の占有する東京都台東区浅草新吉原京町二丁目三七番地門馬アパート内被告人ら夫婦の居室に売春のため居住させ、同女らに右被告人方居室もしくは附近旅館等において、不特定多数の男客を相手に売春させ、その対償の一部を被告人において取得し

第二、被告人両名は共謀の上、後表(3)(4)(5)記載のとおり、昭和三五年九月一九日ごろより同年一〇月二二日ごろまでの間、売春婦C外二を被告人ら夫婦の占有する前記門馬アパート内被告人ら夫婦の居室に売春のため居住させ、同女らに右被告人ら居室外附近旅館等において、不特定多数の男客を相手に売春させ、その対償の一部を被告人らにおいて取得し

もつてそれぞれ人を自己の占有する場所に居住させ、これに売春させることを業としたものである。

(証拠) ≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人らの本件各所為は、いずれも売春防止法第一二条に該当しないと主張する。その要旨は、同条の法意をみるに、わが国従来の売春が、永い間娼家経営という型態を採り、之が売春業の最も根本的な構造となつていたことに鑑み、同法は従来の売春立法と異り、娼家経営の手段的又は部分的要素のみを処罰の対象とするに止まらず、それ自体にメスを入れたのである。しかしながら、娼家経営の社会的実態をそのまま構成要件とすることは、立法技術的に極めて困難であるからに、同法は「売春婦を支配し」、「売春の場所を提供する」という娼家経営における最も根本的な特質二つを採り上げて、之を処罰の対象としたのである。前者がすなわち同法第一二条であり、後者が同法第一一条第二項(場所提供罪)なのである。このように同法第一二条は「売春婦の支配」ということを基本的要件としているのであり(同法所定の罪が一般に管理売春といわれる所以である)、この見解は高等裁判所判例(東京高等裁判所昭和三三年一一月一一日判決)にも明らかに判示されているのである。しかして右の「売春婦の支配」は二つの要素から構成され、その第一は被告人が売春婦の居住場所に対し、支配関係を設定していることであり、第二は売春婦のその居住場所からの転出を困難ならしめて、これを自己の支配下におくということであり、第一の要素は第二の要素に対し手段的性格を有するものである。同条に「人を自己の占有し若しくは管理する場合又は自己の指定する場所に居住させる」との要件はこのような意味である。しかして、右要件中「自己の占有し若しくは管理する場所又は自己の指定する場所」という定めは、右第一の要素をあらわしたものであり、同じく「人を……居住させる」という定めは、右第二の要素をあらわしたものである。

番号

売春婦

氏名

居住、売春期間

居住場所

1

A

昭和年月日

三五、  六、上旬から

三五、  八、中旬まで

東京都台東区浅草新吉原京町二の三七

門馬アパート内

2

B

三五、  六、下旬から

三五、  七、中旬まで

3

C

三五、  九、一九ごろから

三五、一〇、二二ごろまで

4

A

三五、  九、一九ごろから

三五、一〇、二二ごろまで

5

D

三五、一〇、二〇ごろから

三五、一〇、二二ごろまで

然るに本件においては、右のような「人を自己の占有し若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させた」という事実は存しない。すなわち本件売春婦らは、各自独立した居住場所を持つており、被告人らは、右各場所に対し、何等前述のような支配関係を設定しておらず、売春婦らは転出も全く自由であり、被告人らの支配下に置かれたものではない。これを各売春婦毎についてみるも、前示CおよびDは、被告人の管理する門馬アパートに居住していたが、これはその所有主から賃料を支払い部屋借りをしている純然たる賃貸借によるもので、たまたま被告人が右アパートの管理人という立場にあつたに過ぎず、同女らに対し居住に対する支配関係というものは存在していないのであり、又AおよびBの両名は右門馬アパートに居住せず、被告人らと住居につき何等の支配関係が存しないものである。ただ幾分問題となるのは、売春婦らが夜売春するに際し、五、六時間身を被告人方においた点である。右売春婦らの集つた門馬アパートの被告人の居室は、被告人らが自ら賃借りして、居住場所として使用していたものであり、被告人らの支配に属するものであるが、右売春婦らが夜になると、八時ごろから被告人方の右部屋に来るのは、これは客引との連絡、待機又は休息の場所として使用するためであつて、もちろん「居住」の概念には当らないし、又これは全く同女らが任意の意思によるものであり、被告人らの強制的な働きかけはなく、同女らがその場所へ出入りするのを困難ならしめるような関係もなく、したがつて、同女らは被告人らの支配下にはなかつたものである。もつとも同女らと被告人らとの間には、予め売春に際し、被告人方へ来て待機する等の約束はあつたのであるが、この約束も女らがこれ以上続けたくないといえば、被告人らはこれを諒承しその意に任かせたのであり、これを責めたり暴力を振うことはなく、又同女らを特に監視していたこともないのである。以上被告人らの本件所為は、いずれの点よりするも、売春防止法第一二条に違反するとはいえないというにある。

よつて売春防止法第一二条の精神を考察するに、これはかつて行われた娼家経営にメスを入れ、これが取締りを対象としていること、洵に弁護人主張のとおりであるが、近時においては、斯る往時の形式にみられるような、娼婦をしていわゆる「籠の鳥」となさしめる如き型態はほとんど姿を消し、娼婦が抱主に拘束される如きことの見られないのが普通であり、またこれにより、従前と同様の効果を挙げているのが常態なのである。売春防止法は斯る時期において制定されたものであるから、前記の如く娼婦に対し、強制力を用い、自己の支配場所から脱却することを困難ならしめる如き態様を取り締ることには主眼を置かず、むしろ斯る往時の形式より免れて、なお且つ所期の目的を達せんとする現状を取り締らんとすることこそ、同法第一二条の目的といわねばならない。斯る精神より同法第一二条を解釈するときは、婦女を「自己の占有管理する場所に居住させる」という意味は、弁護人主張の如く、婦女子を自己の支配下に拘束居住せしめ、他に転住するの自由を許さざる状態を指すのみと解するは、同条の精神を不当に狭く解するものといわねばならない。自己の占有、管理、指定の場所に「居住させる」とは、前示の如く強制力を伴うものは勿論強制がなくとも両者間の契約に基き、売春婦がその場所に居住する場合も包含するものと解すべく、又居住の意味は、特に婦女子が其の場所に住居を構え起居する場合の外、営業其の他のため、一時的に居所を設置する場合をも包含するものと解するのが相当である。いまこれを本件につきみるに、被告人らは前記門馬アパートに居住し同所を売春取引の本拠とし、売春婦を毎夜夕刻より数時間右居室に待機させ、相手客の申込みがある毎に右売春婦を派遣し、売春中の見張り監視を被告人において担当し、売春婦は専ら被告人らの指図通りに動き、その売春の対価の授受、客引料等もすべて被告人の指示に従い、毎夜待機中には被告人方で夕食を提供している有様であるから、売春婦としてはその間、営業のため被告人方に居所を有していたとみるのが相当であり、これを被告人側よりすれば、前記目的のため居住させていると解するは、あながち不当とはいえないのである。新吉原において、門馬アパートの被告人方が、いわゆる「ハウス」という型式を採る売春宿としては唯一のものであると云われている程で、弁護人主張の如き、かつての「色街」の型態と実質的に何等異るところはないのである。ただこれと異る点は、売春行為は常に被告人居室で行わしめるとは限らないというにすぎぬ。されば被告人らが右売春婦に対し強制力を用いず、又は廃業、他への転出等につき何等抑制的措置を採ることなく、全く自由に放任していたとするも、右売春婦を、前示の如く被告人方に売春のためいわゆる「溜り場」として用いていたのであるから、売春のため「自己の占有する住居に居住せしめた」ということができ、同法第一二条に該当すると解するは正当である。

これはまた別の角度、すなわち刑の権衡の点からするも、弁護人主張の如く解するのは不当であると考える。若し弁護人のいう如く解するならば、現在において同法第一二条に違反する型態の売春行為は、ほとんど絶無といい得るであろう。何も婦女子を拘束しなくとも、実質的にその目的を十分に達し得るからである。しかして本件の如き場合は、常に同法第一〇条違反罪となるに過ぎないことになる。何となれば、これを業としても同法第一二条は適用されず、また第一〇条の営業犯は規定されていないから、単に同法第一〇条の併合罪となるに過ぎないわけである。しかるに同法第一一条における場所提供罪には、別に営業犯の規定が設けられ、同条は懲役七年三〇万円以下の罰金刑を科せられるのに拘らず、これと同等、否それ以上の悪質犯(売春をさせることを業とする方が悪質であること当然である)が、常に併合加重するも四年六月以下の懲役刑となるに過ぎないことになり、これは明らかに不当といわねばならない。それゆえ右の如き情況において売春をさせることを業とした場合、同法第一〇条の加重規定として、同法第一二条を適用するのが、蓋し同法の精神に合すると解すべきである。

之を要するに、被告人らと売春婦らとの間の話合いにより、被告人方住居に一時的に居所を構え又は他に居住するも、両者間の特約により、売春婦において何時にても被告人側の呼び出しに応ずる体勢を整えてその居所に待機し、若し居所を変更せんとするときは、被告人方に通知をしてその了解を得、十分連絡し得るよう手配する等、両者間に売春についての手筈を整えて待機し得る如き場合は、「自己の占有又は指定する場所に居住せしめた」場合に該当するものと解すべきである。以上により本件は正に同法第一二条にいうところの管理売春に該当するものというべく、弁護人の主張は採用し難いのである。

(適条)

第一、被告人篠崎勝治の分

売春防止法第一二条、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条、第二一条、第一八条。

第二、被告人篠崎キイの分

売春防止法第一二条、罰金等臨時措置法第二条(共謀の点につき刑法第六〇条)、刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条、第四八条、刑法第二一条、第一八条、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。

なお情状につき一言する。被告人ら夫婦は、かねてから前記被告人居宅に売春婦を抱えて売春させており、そのため被告人篠崎キイは、昭和三五年九月六日売春防止法違反罪により起訴されたが、同月一九日保釈により釈放されるや、その帰宅の途次、早くも被告人ら夫婦間で売春の継続方を相談し、その翌日より前記Cをして売春させるに至り、本件公判中もこれを続けて恬然としており、後刻この事実が発覚されて、同年一一月一二日売春防止法違反罪で被告人夫婦共起訴されるまで続けられたもので、被告人らにおいて、毛頭謹慎悔悟の情が示されず、その情洵に悪質と申すの外はない。よつて被告人両名に対し実刑を以つて臨み、猛省を促さざるを得ないと考えた次第である。

一、公判出席検察官 笹岡彦右衛門

(裁判官 瀬野高生)

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